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■人吉高校記念図書館 館内概観■
図書館玄関には、来客用靴箱が設置されています。ここでスリッパに履き替えていただきます。また手荷物を置くロッカーが左右に並んでいます。館内にバッグ類を持ち込むことはできません。
玄関奥を右に曲がると、開架式図書室・閲覧室になります。一角に受け付けカウンターがありますが、これは平成18年度の卒業生から寄贈されたものです。通常は図書委員がここで貸出・返却を受け付けます。

玄関です。正面にガラスのドアがあります。
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受け付けカウンター。図書委員が貸出・返却を受け付けます。
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人吉高校記念図書館の蔵書数は約5万冊。新しく受け入れている図書数は毎年約1千5百冊。年間の貸し出し冊数は約1万冊に上ります。郷土に関する資料をはじめ、様々な資料を備え、生徒の利用に役立てています。
■人吉高校記念図書館 書架の配置図■
書籍は日本十進分類法にしたがって、きちんと整理されて並べられています。公共図書館や大学の図書館も同じ配列をしていますので、少しずつ覚え慣れておくととても役に立ちます。

当図書館は、知の空間へのエントランスとして設備やサービスの向上に努めていますが、インターネットにアクセスできる機能をももたせ光回線を併せ設置しています。
また、多様な読書形態に対応して、くつろいだ空間の演出にも気を配っています。
 コンピュータ7台が設置されています。
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 リラックスコーナー、寝そべって読書も
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 漫画のコーナーもあります
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 図書委員「おすすめの本」
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■なぜ「記念図書館」なのでしょう■
本校の図書館は「記念図書館」と呼ばれます。本校の前身「人吉中学」が創立される時、郡内町村や有志から寄付を集め、総額5000円(※)を以て、4年後の昭和2年に「記念図書館」が完成しました。この名には学問に対する地域の熱意や図書館完成の喜びが込められています。人吉中学は人吉高校へ受け継がれ、建物自体も変わりましたが、このことを後世にも伝えるため、現在もこの名称を用いています。
以上の経緯を証す資料が、左掲の銅板です。図書館玄関の右壁面に掲げられています。内容は以下の通りです。
※物の本によると、「当時、米一俵(60Kg)の価格13円60銭 小学校教員の初任給が、45〜50円」という時代でした。
「大正十三年年四月五日縣立人吉中學校開校ト同時ニ同校生徒圖書館設ケラレ後本館建築ノ必要ヲ觀ルニ到リ同十四年初秋初代校長九ノ里虎之助氏乃チ同校生徒父兄懇話會ト相議リ時ノ球磨郡長後藤芳馬氏ニ謀リ郡内二十四ヶ町村ヨリ町村費壹千五百圓ノ醵出ヲ請ヒ旦郡内有志一般ノ寄附金ヲ以テ遂ニ之ヲ起工シ昭和二年八月二十九日上棟式ヲ擧グ。
顧問 熊本縣立人吉中學校長 九ノ里虎之助
設計監督 熊本縣技師 渡邊 録治
建築工事請負者 熊本市 コ永 惣作
起工 昭和2年七月二十四日
竣工 同 年九月二十四日
建築費 五千圓
建築委員長 西 峰次
同 委員 益田 甚吾
同 委員 愛甲 喜藤次
同 委員 市花 貞蔵
同 委員 佐々木 勲
同 委員 石原 邦人
同 委員 外山 榮一
(上棟式當日誌之) 」
■「郷義館」扁額■
本校記念図書館には、人吉藩の武術鍛錬所「郷義館」の扁額が掲げられています。
肥後人吉藩の第11代藩主相良 長寛(さがら ながひろ)は、東 白髪(ひがし はくはつ)に命じて、 天明6年(1786)に藩学校「習教館」を創立し、翌々年の天明8年(1788)には武芸の道場として
「郷義館」を創立して文武両道を目指して武士の子弟の教育を行いました。
習教館では、漢字・筆道・習礼の学習に励み、郷義館では、剣・槍・鉄砲・弓・馬術・体術など武術の習得を目指しました。
また、人吉藩は寺子屋も多く、庶民教育も盛んで好学の士を輩出してきました。
残念なことに、藩校は3度の火災により焼失してしまいました。
人吉高校が「三綱領」のもと「文武両道」をめざしているのは、こうした地域の伝統に由来を求め得るのでしょう。
東 白髪(ひがし はくはつ)寛延元年(1748)〜文政12年(1829)
細井平洲(江戸時代最大の学者、米沢藩の藩政改革に成功した上杉鷹山の師として有名。)の門下生で、人吉藩に「習教館」・「郷義館」といった教育の場を創設。
「習教館」の初代教授(校長)として平洲の説いた実学を人吉藩において実践。 庶民のための巡回講話を行うなど教育に取り組む一方、政治の補佐役も努めた。