目次
●巻頭言
●特集:地域ぐるみの子育てのために
  「学社融合推進事業」
●教育Q&A
●クローズアップスクール
●県教委だより
巻頭言 「プラットホームでのできごと」
昨年の暮れでしたか、JRの、とある駅でのことでした。私からみますと、誠に立派な生徒に思えました。この子がホームのベンチに腰を下ろし、片手にジュース缶を握り、読書にふけっていました。
この高校生が、飲み干した空缶をどう始末するか関心を持って観ていました。ところが、予想(飲んだらすぐチリ籠に捨てると思っていた)に反して、ベンチの下に他人(ひと)の目を気にしながらも捨てたというより、さりげなく置きました。ベンチから手の届くところにチリ籠が置いてあるのに…。
列車がホームに入ってくる前に何か一言でも注意をと思い、「君、空缶はちゃんと始末しなさい。でないと他人に迷惑をかけることになる。」さらに付け加えて、「これからの日本を背負っていく若者として、小さいことのようでも、自分のしたことにはきちんと責任を持つことが大事だと思う。」また、「こんな当たり前のことができない君ではないだろう。」と諭すように言いました。普通は「ハイ」とか無視するか、はたまた「反駁するか」するものです。ところが、この生徒は「いや、今から捨てるところだった。」と言ったのです。
元熊本県立農業大学校長                東 勇介
私の言い方に対してどんな反応をしたかでその子の内面を推し量ることはよしますが、自分に都合のよい自己弁護に長けた着者が増えてきていることだけは確かであります。こうした実態が、複雑な現代社会の仕組みと相俟って、今日の教育をより難しくしているのも否めない事実であります。
このような生き方の問題は理屈ではありません。知識を生かす知恵があって初めて行動に移せるものです。生きる知恵をどう培わせていくか、自己有用観というか、集団社会の一員としての自覚を高め促すうえからもこれからの教育の大切な視点になっていくでしょう。
気を取り直し、他に指導の方法はなかったのかと自問しました。言い訳ともとれる答えをくれた生徒に一本取られた格好となりました。やがて話が終わり、タイミングよく列車が来ました。負け惜しみではないが、こういう言動に出る子どもこそ自己中心的で悪賢すぎると勝手に決めつけ、ぶつぶつ言いながら列車に乗り込みました。
「今後気を付けます。」と素直に言える子どもに育ってほしいと願うのは、私や親たちのエゴというものでしょうか。日常当たり前の行動様式が自然体として身に付いていないことを、教育に携わって来た者の一人として反省するとともに、身近なできごとに目を向け、より一層教材化に努めていくことの必要性を、今さらながら痛感したものです。